E-Story インタビュー 第2回 竹井佑介さん(前編)

今回のカリフォルニアで活躍する起業家へのインタビューシリーズの第2弾では、竹井佑介さんにお話を伺いました。竹井さんは、社会投資家としての活躍とともに、起業家としても多様な事業に挑戦されています。竹井さんからの話を2回に分けてお届けします。
熊本県天草市、最寄りの駅から100キロもある田舎の漁師町で生まれ育ちました。中学2年生の時に、イワシが獲れなくなり、漁師になれないことがわかりました。でも、家が貧乏で学費が払えないので特待生として高校へ行く選択しかなかったため、それで初めて勉強を始めました。 勉強が肌に合っていたのかすごく伸びたので、特待生として高校へ行くことができました。
高校では、ヤクザの娘さんと駆け落ちしたりだとか色んなことがありましたが、先生の助けもあり学業復帰でき、そのような道を外した生徒にも徹底的に寄り添う先生になりたいと大学の教育学部に進学しました、一応小中高免許があります。その後数学を勉強するために大学院に行った時に、学費を稼ぐために何かしようと思い、Googleで “数学”“稼ぐ”で検索したところ”投資”と出てきたので、投資をやってみようということになり、元金が少なくてお出来るFXを始めました。
最初3万円で始めたFXが、リーマンショックなど大きく動くタイミングが来て数年後には億を超え凄く利益も出ました。そしてUSDも安いし不動産の価格も下がっていることから、初めて買ったのが、ロサンゼルスの不動産でした。そこから、 TOYOTAが、ロサンゼルスからテキサスに移転するという話が出始めて、ダラス近郊の物件を買い始めました。
その後、2015年ぐらいに、ロシアがクリミアに侵攻した時に、ロシア株に投資を始め、1年後ぐらいに倍になりました。またその後、フィリピンで今後人口が増えて2億人を突破するいう話を聞いたため、フィリピンに投資しました。そんな感じで投資活動をしていました。
丸尾孝俊さん(「バリの兄貴」で検索すると出てきます)というのですが、とても有名な日本人がいまして、堤真一さん主演で『 神様はバリにいる 』という映画にもなったんですが、投資家から彼を紹介してもらいました。そしてそこに、2週間とか3週間とか入り浸るようになったんです。で、そこにたくさん面白い日本人が来ていたんですね。そこで知り合った一人が、日本でとても有名なマーケティング家の方で、その方から、「竹井さん、そのように投資で自由に暮らしているのなら、日本で学校をやりませんか?」というお話をいただきました。それでできたのが、「ミリオネア・アカデミー」というものです。
「ミリオネアアカデミー」はもう10年以上続いていますが、そこで1日で売り上げが1億円を突破して、生徒さんの数も伸びて、今はその時の生徒さんがビジネスを引き継いでくれています。そこからいろんな公演にも呼ばれるようになりました。
その時に、投資で儲けようというと、ギラギラ系の生徒さんに教えるのは嫌だと思い、キラキラ系の生徒さんを集めたいと思った時に、どんなコンセプトがいいかと考えました。もともと稼いだお金で、インドやインドネシアの孤児院とかフィリピンの村の復興などをやっていましたので、社会起業家があるなら、社会投資家というのも良いのではないかと思いました。投資を通して人々を幸せにしようと。事業も同じで、困っている人を助けたり、人が欲しいと思っているものを提供したりして、みんな社会起業家になっています。であれば、「社会投資家」という言葉を作ろう!と思いました。
ということで、「社会投資家を育成するスクール」ということで「ミリオネアアカデミー」を作りました。

はい、「社会投資家」と検索しても出てこなかったので、今までにありませんでした。
そしてその「社会投資家」という言葉を出していき、本を出すようになって、日本でナンバーワンの個人投資家である、竹田製菓の竹田和平さんが、「社会投資家」という活動はとても素晴らしいと言ってくださり、とても可愛がっていただきました。おかげさまで、日本をはじめとして、海外にもアカデミーは広がっていきました。
その中で、困っている所を探して解決していこうとなり、海外もそうだけど、日本でも困っているところがあるよねと考えた時に、自分の地元がまさにそうでした。進行過疎化率がなんと5年連続1位だったのです!魚が採れなくなったので仕事がないため、ほとんどの人が、中学、高校で島を出てしまうのです。
天草を舞台にした、大竹しのぶさん主演で「女たちの都〜ワッゲンオッゲン〜」という映画も作られた時に、そこのメインスポンサーにもなって映画作りを応援したり、地元の花火大会のお金を出したり、今現在もお祭りのスポンサーですので、ネットワークも年々強化し続けていて、地元の方達の動きをサポートしています。
天草ビジネスセンターというものもできたので、そことタッグを組みました。例えば、京都大学経営管理大学院の教授たちをお招きして「起業家コンテスト」を開催し、天草の起業家さんを支援する、もしくは、キングコングの西野さんと縁があったものですから、うちの地元に来てもらい公演してもらったりとか、ダイレクトに寄付をしたりとか。そういったことをずっと続けていましたら、天皇陛下から紺綬褒章をいただきました。
そうですね、本当にありがたいです。
そして子供が生まれて、当時は六本木ヒルズに住んでいたのですが、その辺りは教育ママだらけなんですね。そして我々も経験のため御三家と言われる学校を受験しました。受験票を取りに行くと、紺のスーツを着て、パールのネックレスをしたお葬式のような格好をしたお母さんたちが朝5時半から並んでいました。受験票を取りに行くだけですよ!自分は朝7時ぐらいに行って、そこから仕事に行こうと思ってたのですが、凄い行列で。その様子を見たときに、なんか日本おかしいんじゃないのと思いまして、実際、受験もしてみまして、先生方とお話してみると、これもまたなんかおかしいな?ということがありました。
合格したのですが、周りからお前頭がおかしいんじゃないかと言われる中、地元の公立に通わせることにしました。でも、そこに行った方が頭がおかしくなるという判断でした。そしたら、どういった教育がいいかなと思い、そこから教育について調べ始めたんですね。そこで、アメリカに興味があったので、ハワイに1年間行きました。
そこでとても運が良かったことに、船津徹先生にお会いできました。彼が行っているTLC(Thinking、Language、Communication)が、全米の教育に携わる方が選ぶ教育メソッドで2位を取っていたんです。その内容がとても子供たちに良かったのですが、親族の体調の問題のため、一時広島に戻りました。広島にいる間に準備も整い、次にアメリカのどこに行こうかとなった時に、このパロスベルデス(Palos Verdes)を選んだ理由が面白いんです。
私が初めてアメリカで不動産を買った時のブローカーの方がパロスベルデスに住んでいたんです。そして、私がロシアで一番お世話になったSpring FundのCEO David HerneがパロスベルデスのChadwick School出身だったんです。彼はその後、Harvard大学に行って、スイスで働き、その後ロシアで最大規模のFundを作りました。彼もパロスベルデスは良いよと教えてくれました。また、船津透先生からも、パロスベルデスはとても良いエリアだよとおしえてくださり、パロスベルデスに引っ越そうということが決まりました。
でもその時はちょうどコロナ禍で家がなくて、またビザを取るのにも大使館が閉まったりで、更に1年以上かかってしまいました。投資家ビザを取るためには、事業を買う方が早いということになり、我々は教育のバックグランドが強かったので、船津先生より、ロサンゼルス校を買わないかとお話しをいただきましたので、買わさせていただき、アメリカ生活がスタートしました。
コロナ禍だったため、私の妻に社長になってもらい、私がお金を出して始めましたが、ずっと遠隔で運営していたため、うまくマネージメントが出来ず、学校の中身もぐちゃぐちゃでした。ようやくロサンゼルスに来ることができて、内情をより正確に把握し、全て一度刷新する必要があると思いました。その当時いらっしゃった先生方もみんなお辞めになり、今では全て優秀な先生に変わりました。日本語の先生も、元NHKの歌のお姉さんだったり、UCLA、UCS卒業生など本当に優秀で人格、経験も申し分のない先生ばかりが集まってくれました。歌を通して英語を学ぼうというコンセプトで、とても良い先生のチームができました。そして今やっと伸びるフェーズに入ってきました。
ということで、アメリカでの起業はめちゃくちゃ大変でした。最初買った時に思い通りになりませんし、言語の壁もありましたし、現地での信用がないため、金融機関からお金が借りられませんでした。
どんな事業にしてもそうですが、やる以上は、M&Aや上場するような会社にしようということで、こっちで上場させるにはどうしたら良いかと考えビジネスモデルを組むわけですが、アメリカの先生と合わせて、フィリピンや日本でもチーム組成し、現在では30人ぐらいのチームでどんどん増やしていく予定です。
元々私は日本人に足りないのは、英語と投資と思っていました。今までは日本人に投資をアカデミーで教えていましたが、今後は英語も教えようと思い始めました。思ったのが、こちらで駐在員のご家族にもニーズがあると思い、最初は、駐在員のお子様に宿題のサポートを1時間25ドルでしようと考えていたのですが、よくよく調べていると、英語を勉強したいというニーズがあることに気付きました。
そして、頭をシフトチェンジして、フィリピン先生で日本在住の方と同様に16500円(税込)で1日2時間まで受け放題で60時間まで受けられ安いということで、アメリカでもやることになりました。
日本ですごく学んでいる方たちが、今度は英語を集中的に学ぶときに、我々もそうですけれども、アメリカに来てとっぷり(3000時間以上)英語の環境に浸かっていると英語力が上がるじゃないですか。それで、みなさんセブ島とかに語学留学されるわけですが、それってそもそも日本でもできるよねって思い日本国内でどっぷり英語環境に浸れる場所を作ろうと思ったわけです。

1000時間ぐらい、1日10時間を3カ月で一気にやったら、留学生とかインタビューしたら、やはりめちゃくちゃ伸びるんですよ。1000時間というのは一つの壁です。今うちの地元で、750校も廃校が出ているとともに、70万人も人口が減っています。それで、この廃校を活用できるんじゃないかと思いました。地元の市長さんとお話をしてみて、私が狙っているところは、来年だったら空くということでした。そこは海の目の前で、
リゾート感もあるんです。学校から釣りができるぐらい海の目の前なんです!これはとても良いということで契約させてくださいと申し出ました。
そこに日本人が留学する、外国に行くよりもストレスが軽減されるのも良い。特に、お子さんや学生さんも外国に行くということにビビっている人も多いので。そして、英語をマスターしてから外に出たいという人のニーズを満たせます。投資事業は、「投資を通して人々を幸せにする」という社会投資家の育成でした。英語事業は、「英語と通して人々を幸せにする」のであれば、関わる人を全て幸せにしなくてはいけないということです。
調べてみると、フィリピンってインフレなんですけれども、フィリピンにいるフィリピン人の英語の先生は13年間もお給料が変わっていなかったんですね。要は外国人雇用主にいいように使われているということです。これはいけないと思い、給料倍化計画をしようと思いました。倍どころか10倍にする方法もあると思いました。これはどういうことかというと、外国で働くということなのです。ここで良い成績を残してくれたら、日本でもアメリカでも働けますよと、これでビザスポンサーをしてもらえることというのは、彼らにとっての夢なんですよ。こちらで月給30万円だと、セブ島とかの月給の15〜20倍ぐらいなんです。
私が日本で英語事業を始めるきっかけが、元フィリピンの知り合い方が日本に来て、コロナになって生徒がいなくなったんですよ。日本の労働基準法があるじゃないですか、でも、フィリピンの人たちはそれを知らないので、ノーワーク・ノーペイで、結局お給料が7万円になってしまった方もいたんです。家賃は8万7000円で、私どうして生きていけばいいのかとわからないと泣き出してしまったので、うちに来たらと言って、そこからスタートした事業でした。
それで、そこで廃校と使うことができれば、ここに来る方は二つの層で、日本人の方は、学生か起業家(社長さん)が多いんです。社長さんが来てくれると地元の起業家とのマッチングで色々生まれるんです。地元で会社を作ってくれたりとか交友を生んでくれたりするんです。となるとここで良い効果が生まれて、ビジネスセンターにもなるんじゃないかと考えました。
アメリカの方では、UCLA,USCの学生さんたちもいますから、その方達で大学のツアーとか、受験対策として、UCLAに受かるための、エッセイのサポートとかは高額でも提供できるのではないかと思います。それで学生さんたちの高い学費も我々がスポンサーできるんじゃないかと。そういったことで事業モデルを組んでみようと。さらに上場までさせようと思うのであれば、そこで学んだ人たちを海外で働くための人材紹介しようと考えました。
例えば、介護士さんだったら、日本で働くと16万から17万円。でもオーストラリアで働くと70万円とかになるんです。アメリカだと、看護師さんとお医者さんのお給料があまり変わらなかったりとか、私の友達の奥さんも、ハワイで、8000ドルから10000ドルもらっているんです。そういうこともあり、英語を勉強して、アメリカで仕事をしてみないかと。でも看護師さんてこちらの免許が必要なので、介護士とかサポーターとかケアマネとかそういった人達であれば行けると思うんです。ということで、一生懸命やりたいと思っています。
アメリカも、高齢化がどんどん進んでいます。そして、日本人のように、細やかにできる人達があまりいないと思うんです。だからこそ、こちらでリタイアした人達が、日本人経営の老人ホームに入るというのが、ハワイではトレンドなんです。高級老人ホームとして、営業をやっていますね。めちゃくちゃ高いけど、サービス面では日本の数分の1のクオリティです。こちらではインフレで積み立てたお金が増えて70万ドルほど持っているひとはいますが、日本では下がったりしています。ハワイだと、老後の生活費が月5000ドルしかないと頭を抱えている人がいるが、日本だと良い暮らしができますよと。日本だと15万円で細々と暮らしている方も多いんです。
はい、そうです。それが起業家が存在する理由だと思うんです。投資もそうですね、みんなが幸せになるとその会社がないとみんなが困るわけですから。そういう会社が伸びるべきなんです。まさに三法良しですよね。お客さん、働いている人、地域の人がみんな喜び、この会社がいてくれて良かったというのを作りたいです。投資も同様です。それがやっていて楽しいです。
自分は元々めちゃくちゃ貧乏で、家賃1万円で家族五人で暮らしてたので、バイト一生懸命やってたら、それを見てくれていた先輩が面倒見てくれました。彼は社長さんなんですが、休日はNPOみたいなこともされていて、地域からチャリティでものを集めお金を集めて、シングルマザーをサポートしていたんです。すごいかっこいい社長さんだなと思いました!
後々わかるんですが、彼は清水建設の元副社長だったんですよ。彼は優秀だったので、引退させたくないので、会社としては彼のためにもう一つ会社を作ってそこの社長になって残ってもらっていたようです。その方から、大学を辞めて清水建設に来いと言われたんですがお断りしました。その時に、本と車を餞別としてくれたんですね。それで、私はそういったカッコいい社長さんを見てて、竹田和平さんもそうですし、みんな人を助けているんです。こういうのが良いなと思いました。
私の好きな致知出版で、(こちらでも致知の会、木鶏クラブというものがあるんですけれども)、口コミだけで広がっている経営者がよく読む10万部以上の雑誌があります。その中で書いている内容が私は大好きなんです。そして、そういった起業家・投資家になりたいなと思っています。
そうですね、投資で稼いだからですね。FXで儲かってから時間が結構できたのです。それで、お金の貸し借りはじめぐちゃぐちゃだった家族・親族関係の問題を解消したいと思いました。それで月1で実家に帰るようになり、親同士や親戚関係の間を取り持つようになったら、地元の人口減少の課題も解決したいと思うようになりました。修身斉家治国平天下という、まず家を整え、地域を整え、世界を整えるみたいな、そのようなイメージです。親の介護の話とか出た時に、地元でビジネスを持っていると、定期的に実家に帰りやすいですし、そこでスタッフさんもたくさん抱えるようになれば人口減少問題の一助ともなれますし、そうすると実家の面倒も見やすくなりますし、それもやりたいなと思った理由の一つです。

でも、仕事が無いんです。地元の中学生、高校生が就職したいのに、募集しているところが無いんです。私もいろんな祭りをサポートしたり、起業家コンテストをやったりして気付いたのが、地方の過疎の問題解決には会社を作ったり誘致した方が早いということです。熊本県に菊池市というところがありますが、そこは台湾からTMSCという半導体の会社が来てくれたら、それだけで雇用は数千人できるんです。その家族とか入れると、おそらく1万人ぐらい人口が増えるんです。それは、テキサスも同じですよね。Toyotaが移転して、関連人口が2万人増えたということです。
東京にみんな来るのは仕事があるからで、決して満員電車で通いたいわけじゃ無いんです。リモートワークで良くなったら、みんな喜んでリモートワークに変えた。昨日学生さんと話していて、働く一つの基準ととしてリモートワークがあると。仕事さえあれば、働く環境さえあれば、ワーケーションもそうですけれども、そういったところ(田舎)に住みたいんだと。実際、生活費なんかも激安になりますし、天草に行くと驚きますけど、100円以下の野菜とかがいっぱい売っているんですよ。そうすると年金が15万円くらいで結構豊な暮らしができたりとか、家賃も、1万円、2万円でありますから。ただで空き家が売られているところもありますから。住んでくれるなら、自治体が補助を出したりとかね。農家やる時も、そのアルバイト代もその自治体が出しますとか!それで畑が荒れることを防げるんですよね。留学生も来たら、ここに住めるってことを知れるじゃないですか。そうした時にいろいろと動くかなと。パソナが淡路島のプロジェクトをやっているのと同じ考えです。
また幸い魚が取れるようになってきたんですよ。でももう漁師がいないんです。「わだつみ(Wadatsumi)」ってお店がトーランスとビバリーヒルズにあるじゃないですか。そこのお魚ってうちの地元からなんです。偶然なんですが、地元のスナックに行って知ったんです。いろんな縁があるんだなあと思いました。
アメリカは教育格差が酷いんですよ。その一番大きな原因が、これは言い方が悪いんですが、親がアホだと子供がリスクなんですよ。これはうちもそうなんですけど、勉強しろと言われたことが無いですし。殴られたら殴り返す、倍返しだと、本当にそういう教育だったんです、腕っぷし強い漁師の家系なので。そうなると、高校に行くことさえ考えていませんでしたので。周りの親世代はみんな中卒でしたし、そういう風な島でした。
自分らは逆に、世界中の教育も見てたので、受験戦争などやっても意味ないと、選択することができました。やっぱりアメリカに来て良かったなと。本当に多様ないろんな子たちが才能を持って集まって、じゃあグローバルリーダーって何かって言うと、世の中問題があったり、それを解決しようとなった時に、旗を振って、みんなを集めて解決する人。これがグローバルリーダーだと思っています。それを教育でやろうとした時に、どうでもいいっていうのと、ちゃんと育てようという親御さんでは差が出るんです。
アメリカでは、宿題が30-50%も学校の評価に影響するということです。ということは、宿題を親が教えられるかどうかということなんです。日本だと、図画工作で、親が手伝って手を掛けたものは明らかに評価が下がりますが、アメリカは、親がどんどん手を掛けて凄いものを作ったとしたら、これは評価されるんですよね。というのは、親もちゃんと教育に参加しているということ。そういうこともこっちにいてだんだんわかってきました。そういったことも教育コンサルしながらやれたらいいなと思っています。奨学金の取り方なども含めて。
日本人が英語をマスターすると二つ良いことがあります。今は英語と日本語をできる人がすごく少ないです。英語だけだったら、多分20億人、それかもっと喋れると思います。そう考えると、日本語と英語喋れるというのは結構価値があって、日本語環境って一億人以上いますから、アメリカ人含め英語圏の方はその壁をなかなか突破できないのでサービスが展開しにくいということがあるので、日本人が英語を学ぶと日本人の給料ががんと上がる可能性があると思います。それと、日本人のパスポートは世界一どこへでも行けますから、なのに世界一というくらい英語ができないので、すごく勿体無い!なのでそこを一つカバーできればすごく良いなあと思います。
インバウンドで、京都とか奈良みたいに、1000年以上の歴史が残っている国はなかなかないんです。そういったところって、今後更に観光客が増えてきますから。熊本の幣立神宮なんて、1万2000年前って言われてますからね。あそこは世界の平和を願っている神社らしいですね。日本は神話から続いてきて、エンペラーってまさに神様から続いてきた人しか名づけられない言葉なんですけど、それをいまだに持っているのは世界で天皇家だけという特殊な国ですので、そう言った面からも、日本はもっと評価される日が来るのではないでしょうか。
実際第2次世界大戦前までは物凄く評価が良かったんで。乃木希典さんとか、東郷の大将とか人を助けたり、負けた相手の敵将、ステッセルを死刑にしないようにと、命乞い活動を日本人がやってました。乃木希典さんが亡くなった時に、彼(ステッセル)は左遷されて、ずっと田舎の島で農家をしてたんですが、ステッセルにずっとお金を送っていました。乃木希典が、明治天皇が亡くなった時に殉死したんですが、その時に弔慰金としてステッセルはお金を送っています。そういった素晴らしい話がいっぱいあるんです。そういった歴史の公演をしているのが、真億アカデミーなんです。
真億アカデミーは、起業家の団体さま向けにやっているんですけれども、先日は、乃木希典さんとか、二宮金次郎さんとか、そういった方達でした。私もやっぱり貧乏からどうやって這い上がるんだってところで、昔の偉人をめちゃくちゃ研究したんですね。その時に、こんなにすごい日本人がいたのかとということでとても感動しました。今も日本人もそんな人達のような気持ちはみんな持っているはずだと思いますが、今の学生さんを見ていると、自分さへよければそれで良いという人たちが多い、でもそれを変えようということで、今真億アカデミーを始めています。アメリカでもいつか英語でもやりたいと思っています。
いいえ、講演会で行なっています。3000人ぐらいの会場に1200にくらい来てもらってソーシャルディスタンスをとってもらって開催しました。同じ場所に集まり、同じ感動を共有するという場が大事だと思っています。リモートでできることは定期的にやってもいます。
自分も文系も理系も勉強した人間なので、医者と話をしても、「コロナを防ぐことは無理だ」とみんな言っていたので、それは早くかかって免疫をつけた方が良い、その方が進化する。植民地政策もそうじゃないですか、イギリス人がアメリカに来たときにまず何をやったかっていうと、ヨーロッパの人達って疫病を持っていたんですね。で、それに対してみんな抵抗力を持っていたんですが、オーストラリアやアメリカの人たちは抵抗力がないので、まず現地の人と一緒に住まわせて疫病を流行らせるんです。それで、みんながバタバタ死んでいくというのも一つの戦略としてやっていたんです。また、病気に掛からないようにすると人間って弱くなるんです。とにかく体力をつけて免疫力を上げろと。それを自分の知り合いの医者はみんな言っていました。

チームがそれぞれありますので、投資を普及するマーケティングチーム、セールスチーム、ロサンゼルスの英語のチームは妻がやっていて、フィリピンの英語チームは、フィリピン人の方がマネージャーをやってくれています。その統括というか、どこに進むかというのは、自分が決めています。
秘書はつけろよと言われるのですが、付けた方が良いとは思うんですが、付けたことがないんです。付けるとなると、一緒に付いて回らなくてはいけなくなるので。みんながみんなそれぞれの部門で秘書みたいな感じになっています。でも、現在資金調達を1億5000万円ぐらいしようとしていまして、それを入れたら人を入れようかと思っていますけれど、意外と入れなくても回るので。ただ、自分以外でもやれることはどんどんお任せしていける体制は今年ビジネスをスケールさせるにあたって必須と思っています。
めちゃくちゃ家族ぐるみで仲が良くさせていただいています。出張する時も、赤ちゃんも一緒に連れてきていいよ、と伝えています。スタッフは同志と思っています。思想を理解している、お客さまや仲間たちの紹介の中からスタッフになってくれた方が良いなと思います。今年は強固な体制構築に力を入れるため人財が集まるビジョンと求心力のある会社にしていきたいと思っています。
ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)の本にも書いてありますが、スキルがめちゃくちゃ高くて性格が悪い奴か、また性格がめちゃくちゃ良くてスキルがない人か、それは後者を選べと。ちゃんとした人格が備わって志があるって人は、会社とか周りのために努力してスキルを身につけていくので。もともと人が良いし、周りと繋がってやろうとして貢献度が高いのでいずれトップになっていく。それはうちのスタッフさんを見ていてもそう思います。中卒、高卒の方もいますが、数年間頑張ったら、莫大な力を発揮する人がいます。自分も中2まで全く勉強していなかったので、アホだと思われていましたから。スタッフさんとは喧嘩(議論?)もしながらですが、目指している目標が同じであればいくら喧嘩しても大丈夫だと思っています。
私は、代表とりしまわれ役だと思っています 笑 スタッフにもめちゃ怒られるので。ダメだと言われて、本当にそうだなと思ったら、ごめんと言って。そして、自分に指摘する場合は、指摘と一緒に改善点も教えてくれとお願いします。それはお互いにそうしようと言っています。ただ、文句だけ言ったら批判で終わりますので。批判したら、こうしたら良いんじゃないのというところまで言えば角が立たないんですよ。それはいつも徹底しています。
いっぱいあります 笑 それこそフィリピンでの話をするととんでもないことがありました。フィリピンでカジノをやっていたことがあるんですよ。カジノに投資して、韓国人と日本人と自分で。スタッフも500人ぐらいいました。韓国人の方が何を思ったのか集まったお金をパクって逃げてたんです。500人から訴えられるんですが、連絡が取れるのは自分しかいないという状況で、何百人から殺人予告が来ました、お前殺す!と。でも、そこで、スタッフの中のトップと誠実にお話をして、私が嘘をついていないことをわかってくれて、彼がみんなに説明してわかってもらえました。そうすると、愛憎という言葉がありますが、私を憎んでいた人たちの感情が全て愛に変わってくれました。億単位で損はしましたけれど、信頼と人の繋がりは出来ました。
実はテキサスでもあったんです!ディベロッパーに投資していたのですが、一件あたり115万ドルで。そこの会社が戸建てを建てて、売ってを繰り返してたのですが、2015年ぐらいからやっていて、それが凄く良かったんです。最高の時期だったんです、テキサスもまだ安くて、10万ドルで一戸建てが買えた時代です。ですが、仮想通貨に手を出して、そこで700億ぐらい資金調達して、これで数千件の家を一気に建てられると、わーっと土地を買ってやるぞってなったら、仮想通貨バブルが一旦弾けたんですよ。それで全部頓挫して、その会社が逃げてしまったんです。
そこで、自分のお金もそこで億単位で損しました。それで、そこで何が問題になったかというと、20件ぐらい建てているものがほったらかしになったんですよ。私も気付くのが遅れたものですから、ほったらかしにしておくと、〇〇の法律違反だったり、地元の幼稚園から景観を損ねるとか、下水管がとか草がボウボウだとか、動物が寄ってくるだとか、固定資産税を払いなさいだとか。。。100件近く訴訟されていたんです。物件を建てて売ろうとしても、訴訟がいっぱいあるんで、それを全部解決して行って、で、ようやく残りの物件は今2件だけとなりました。ここまでくるのに2年半ぐらい掛かっています。
投資家はあくまで私で、物件の所有者も私になっているんです。ということで訴えられる先は私なんです。だから最悪で。自分の名義でやっているので、資産にもなるし将来融資とかも受けやすくなるから良い投資モデルだと思ってやったんですけど、逆効果でした。めちゃくちゃ訴えられて、建ててる途中じゃないですか、そのお金ももちろんカバーしなくてはいけないので、億単位でお金が出ていって。泣きながら一生懸命たてていって。でも予想よりも完成した戸建ては30%ぐらいプラスで売れて行って、これめちゃくちゃ儲かるやんって。でも、その完成分のお金は先に全部払っていたもんだから、結局二重払いしなければならなくなり、全然儲からないと。。6割ぐらいしか戻ってこないと。ということで悲しみながら。円安もきて大分よくはなったんですが。であと残り2件で訴訟もなくなり、今年中になんとか整理出来るかなと。訴訟の弁護士代もめちゃくちゃ高くて、弁護士代って高いじゃないですか。
後編はこちらからご覧ください。